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先日、オリコンのデイリーランキングで、「1日の売上693枚のCDが3位に入った」という話題がネットに流れ「じゃあ数百枚買えば、自分の出した“オレCD”でもオリコンのランキングに入ることができるのか!」と、大いに注目を集めました。
かつてバンドブームの時期に青春を過ごし、ミュージシャンを夢見て東京に出てきた過去を持つ私にとっても、感慨はひとしおの話題です。もっとも、某拙著などはデイリーどころかオールタイムで数百部しか売れず、出版界でも稀有な黒歴史となっており、まったく笑っている場合ではありません。
私が末席を汚す出版分野もご多分にもれず低迷がささやかれ、人様のことを心配している場合ではないのですが、音楽産業も「若者のCD離れ」といった話題で、不振がしばしば報じられます。原因は複雑だろうと思いますが、私はその理由のひとつとして、音楽産業が「中二病」の変化に対応できていない。現代の「中二病」にキャッチアップしていないのが大きいのではないか、と思っています。
「中二病」。それは思春期を過ごす少年少女の特有の、肥大した自我についてまわる青い妄想や幻想を指します。ネットを通じて流通し、今では一般社会にまで浸透するようになった言葉だと感じますが、しかしもともとこうした思春期の「イタい心情」は、人間の歴史に普遍的に見られるものであり、昔から発症しアウトブレイクしてきた病でした。そして本来、音楽産業はこうした思春期的心情をよく汲み上げ、いわば思春期産業として機能してきたものでした。
しかしかつての中二病。「中二病」という言葉が成立する以前の中二病は、今と変わらないようでいて、結構違います。それは「若さゆえの理想主義」「社会への反発」「反逆ののろし」といった空気が濃厚で、「反抗期」などとも呼ばれました。そしてこうした気分は、もちろん娯楽分野にも濃厚に反映されていました。
たとえばアニメーションの巨大ロボットもの。中でも1979年に放映された「機動戦士ガンダム」などでは、少年が白い巨人と出会うことで、愚かな大人たちが起こした戦争に反発しつつも、巻き込まれる。そして社会を変革する(かもしれない)力を手に入れます。
この構造は1985年放映の「機動戦士Zガンダム」でさらに顕著になり、あの作品の主人公は「そんな大人、修正してやる」という有名なセリフを叫びました。
話がマニアックになり過ぎて申し訳ないのですが、「ガンダム」シリーズの監督、富野由悠季氏が1989年に発表した小説「閃光のハサウェイ」では、連邦の大人たちがつくった秩序に反発する組織にモビルスーツガンダムが与えられ、腐った社会を破壊する闘争が開始されます。私などはこの作品において「少年が巨大なパワーを持つロボットを手に入れ、社会を改革しようとする」という物語は、ひとつの典型に達したと感じます。
音楽産業もまた、もともとロックという分野が、ジャンル丸ごと「既存の社会体制や権力への反発」というテーマを持ち、青い暴走と反抗を全肯定する分野だったこともあって、こうした思春期的な心情を汲み上げることを、むしろ得意としてきました。バイクを盗んで走りだしたり、大人のつくった秩序から卒業してみたり、自由に向かって発砲しながら列車に乗ったりして、思春期を迎え、若者ゆえの理想のために大人の世界の秩序に反感を感じていた少年少女たちの心を、鷲づかみにしたものです。ある意味、音楽産業と中二の幸福な時代でした。
しかし現代社会では、こうした思春期的心情もずいぶんと変化してしまいました。現代において「中二病」というと、社会への理由なき反抗よりも自分自身が焦点。具体的な例でいうと、自分自身のバックボーン(この世界の邪悪なものと戦う選ばれし戦士)や、それにともなう能力(邪気眼に代表される超常のパワー。悪を見抜く眼力や、手の平からビームが出るなど単純なものが多い)などの妄想を指します。
これをこじらせると、たとえば友人に「やめろ。その程度の攻撃で俺は倒せん。死ぬぞ」などとささやいてしまったり、天候が悪化して黒い雲が空を覆うのを見ただけで、「ついに来たか。覚醒の刻(とき)が」などとつぶやいてしまったりするようなハメに陥ります。この病は罹患しているときはほとんど自覚症状はない。しかし寛解した後に思い返すと「アアーッ」と絶叫してしまうという、恐ろしい病気です。現代の「中二病」は、こうしたファンタジックな空想に、重点を移してきました。
こうした「現代中二」的心情を汲み上げることは、もともとどちらかというとリアルが充実した人々向けのメジャーエンターテインメントであった音楽産業では、本質的に難しいのでしょう。逆に、得意とするのがライトノベルであり、この分野が出版界の中で相対的に注目を集めているのはもっともなことだと感じます。
逢いたくて逢いたくてとまらない現代の音楽産業が、どうも恋愛過多に感じられるのも、かつては得意にした青い「理由なき反抗」がもはやメジャーエンターテインメントとしては通用しづらくなった。かといって会社の偉い人たちには、ロックは理解できても現代的中二は理解できない。そのために音楽産業への大切な入口である思春期の少年少女の心をとらえることができていないのではないかと思います。
少々暴論ですが、日本のヒップホップが往々にして人に感謝してばかりいたり、愛を語る「文系ヒップホップ」に傾斜しがちなのも、「政治家こそがよっぽどギャングスタじゃねーかYO!」などと叫ばれても、ちっとも現代中二的な感性にはピンとこないためではないかと思っています。私はこれを日本のラップにおける「悪いヤツみんな友だち」の呪いと呼んでいます。
ただ「音楽産業にとって現代中ニは不得意」と書きましたが、それは「“音楽”が現代中二を不得意にしている」という意味ではまったくありません。全然そんなことはなく、たとえばアニメーションの主題歌や、特に声優さんたちの音楽。それにヴィジュアル系バンドなどは、こうした現代中二的ファンタジーを音楽として汲み上げており、熱く支持されています。紅白歌合戦に声優さんが登場するようになったのも、必然の流れでしょう。
さらに、ニコニコ動画にアップされる初音ミク音源作品なども、2次元キャラを依り代に伝えられるその歌詞がしばしば現代の若者の思春の心情を背景にもっており、この分野が支持される理由は、実はボーカロイドのポテンシャルだけではなく、既存の音楽産業では経験のできない世界観も大きいのではないかなと思っています。初音ミクさんの紅白登場が待たれるところです。やるなら今年がよいのでは? もちろん赤組で。
こうした中二病の症状の変化は、よく言われる「大きな物語」の終焉が原因で、大人のつくったとされる社会秩序が反発するほど強固なものではなくなったためなのかもしれません。また、グローバル化が進み、ローカルな伝統や規範が希薄になって、あまり抑圧を感じさせなくなってしまったためもあるでしょう。
先に例に出したロボットアニメでも、1995年放映の「新世紀エヴァンゲリオン」では、ロボットが革命の武器というよりは、もはや嫌がる少年を無理やり搭乗させ、いやが応でも社会に直面させる装置というように変化していました(そしてその巨人は、場合によっては少年をくるみこむ、暖かいモラトリアムの繭ともなりました)。ちなみにこの作品以降、社会現象とまでなるロボットアニメは現れてはいません。
しばらく前に「大人になった自分が思春期のころにハマッたものを回顧する」という懐かし産業が、注目を集めたことがありました。現代ではそれを通り越し、思春期の心のまま大人になった人向け産業に重心が変わり始めているようです。私のまわりにも、部署の偉い人が異動になっただけで「王位継承」などと、訳のわからないことをいう大人がいます。いや人ごとではありません。
私自身は、ロックですらもなく「遅れてきたATG世代」みたいな思春期で、当時の「芸術家の人生は緩慢な自殺なのだよ」といった発言は、思い出すだけで恥辱死していまいそうになります。今ここにタイムマシンがあれば、乗って出かけて当時の自分を抹殺することに躊躇はないでしょう。
そんな私ですが、昨年、さえないサラリーマンが中学生に転生し、美少女哲学者の講義を受けるなどという小説を書いたせいか、どうも中二脳に毒されてしまったようです。つい先日もテレビで「サルコジ氏を破ってオランド氏が当選」というニュースを見ただけで「そうか……。世界はヤツを選択したか」などと思ってしまいました。
ただ、こうした症状は世界的にアウトブレイクしており、海外作品でも「狼族ライカンとヴァンパイアがどうたらこうたら」とやっているのを見ると「あちらの中二も変わらないなあ」と感じます。よくも悪くも中二病とつきあうことは、現代人にとって大切なテーマになりそうです。
この原稿が「どんな敵も俺を退屈させてばかりだ。おまえは俺を満足させてくれるのか」と思っているあなたの、刹那の興奮となることができたら幸いです。
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新連載・部屋とディスプレイとわたし:「中二」という病(やまい)と音楽産業 (1/3) - ITmedia ニュース (via petapeta)
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町山智浩さん。 (via kikuzu) |
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- 自分を低く見積もらないこと。
- 自分を卑下しないこと。
- 過去の自分を後悔ばかりして、今に繋がる自分を否定しないこと。
- 終わりを自分で決めつけないこと。
- 悲観で未来を描かないこと。
そ ういった感情が、いかなる幸福をも生み出さないことを、肝に銘じておくように。
何時も、遊び心を忘れないように。
自分をちゃんと褒めるよ うに。
これらは、私からの補足としてのメモ。
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